
パフォス城
Pafos [Baf]
パフォス城はパフォス港の西端に堂々とそびえ、もともとは港を守るためのビザンチンの要塞として建てられました。1222年の大地震で破壊されましたが、13世紀にルジニャン家によって再建・拡張されました。城は大きな長方形の塔と中央の中庭を持ち、オスマン支配時代には砲台が設置された城壁に囲まれています。1373年のジェノヴァ人の包囲や1426年のマムルークの攻撃にも耐え抜いた堅固な防御力を誇ります。1570年のオスマン征服後は修復され、1878年のイギリス統治開始まで守備隊と砲兵が駐屯しました。軍事用途は廃止され、その後は塩の貯蔵庫として使われ、古代遺跡として指定されました。地震や戦時爆撃による損傷を受けつつも修復され、現在は文化祭や展示会の会場として中世パフォスの遺産を伝える重要な観光スポットとなっています。
ヒント: パフォス城は午後遅くに訪れると港や夕日の美しい景色を楽しめます。チケットは現地で購入できることが多いですが、特別展やイベントの有無を事前に確認することをおすすめします。城は通年開放されており、春や秋は快適な気候で散策に適しています。学生やシニアには割引がある場合もあります。城内は足元が不安定で登る箇所もあるため、歩きやすい靴での訪問を推奨します。
興味深い事実
- •パフォス城は1373年のジェノヴァ人侵攻を防いだ、キプロスで数少ない要塞の一つです。
- •城の守備隊はスペイン人傭兵スフォルツァの指揮のもと、1426年のマムルーク包囲に勇敢に抵抗しました。
- •1878年以降のイギリス統治時代には塩の貯蔵庫に改装され、軍事機能は終了しました。
- •1222年の大地震や1953年の地震など複数の地震を乗り越え、1969年に修復が完了しました。
- •1974年のトルコのキプロス侵攻時には爆撃を受けましたが、大きな被害はありませんでした。
- •現在は毎年パフォス屋外文化祭が開催され、地元の芸術やパフォーマンスが披露されています。
歴史
パフォス城はもともとビザンチンの要塞として建てられましたが、1222年の地震で破壊され、13世紀にルジニャン家によって再建されました。1373年のジェノヴァ人侵攻や1426年のマムルーク攻撃の際に重要な防衛拠点として機能しました。1570年のオスマン征服時に損傷を受けましたが、オスマン支配下で修復・強化され、1878年のイギリス統治開始まで軍事駐屯地として使われました。その後は塩の貯蔵庫に転用され、20世紀に保護された古代遺跡として指定されました。
場所ガイド
主な長方形の塔13世紀
この大きな長方形の塔は約40×20メートルの大きさで、城の中心を成しています。閉鎖された中央の中庭があり、オスマン時代には牢獄や兵舎として使われていました。
屋上の塔と城壁13世紀
屋上には約15×10メートルの小さな四角い塔があり、城の守備隊の居住区として使われていました。屋上の周囲には12の城壁があり、オスマン支配時代には砲台が設置されていました。
連絡先
電話: 26 306217