
ヤンゴン・セントメアリー大聖堂
Yangon
セントメアリー大聖堂は無原罪の御宿り大聖堂とも呼ばれ、ミャンマー最大のカトリック大聖堂としてヤンゴンのボタタウン区に位置しています。1895年から1899年にかけて、イギリス統治下のインド政府から提供された土地に建設され、オランダ人建築家ジョセフ・カイパースによる尖塔と鐘楼を備えた特徴的な赤レンガの外観を持ちます。1930年のラングーン地震ではわずかな被害にとどまり、第二次世界大戦中の日本軍侵攻も耐え抜きましたが、連合軍の侵攻時にはステンドグラスが損傷を受けました。大聖堂はかつて聖パウロ高校として知られた基礎教育高等学校第6校の近くにあり、現在は宗教的な関連はありません。プロジェクトはビショップ・ポール・ビガンデによって開始され、その後ビショップ・アレクサンドル・カルドが監督し、ヨーロッパの専門家、特にカイパース建築家一族と関係のあったヘンドリック・ヤンゼン神父も建築監修に関わりました。湿地帯のため基礎工事にはピンカド材の杭が用いられるなど特殊な技術が採用されました。今日では、植民地時代のカトリック共同体の成長とミャンマーの激動の歴史を象徴するヤンゴンの重要な宗教的・歴史的ランドマークとなっています。
ヒント: 訪問は週末の混雑を避けるため平日がおすすめで、静かな祈りの時間を過ごせます。混雑時の入場確保のため、チケット購入やガイドツアーの事前予約が望ましいです。朝の訪問が自然光でステンドグラスや建築の細部が美しく映えます。礼拝所としての場所なので控えめな服装を心がけてください。近隣には公共交通機関もありアクセスは便利です。
興味深い事実
- •セントメアリー大聖堂はミャンマー最大のカトリック大聖堂です。
- •大聖堂は著名なオランダ人建築家ジョセフ・カイパース(ピエール・カイパースの息子)によって設計されました。
- •1930年のラングーン地震では大聖堂はほとんど損傷を受けませんでした。
- •第二次世界大戦中、連合軍のラングーン侵攻時に大聖堂のステンドグラスが損傷を受けました。
- •基礎は湿地に深く打ち込まれたピンカド材の杭で支えられています。
歴史
セントメアリー大聖堂の建設は1895年に始まり、1899年に完成しました。土地はイギリス植民地時代のインド政府から提供されました。ビショップ・ポール・ビガンデが増加するヤンゴンのカトリック人口に対応するため大規模な大聖堂建設を計画し、彼の死後はビショップ・アレクサンドル・カルドが基礎工事と建築計画を引き継ぎました。大聖堂は著名なオランダ人建築家ジョセフ・カイパース(ピエール・カイパースの息子)によって設計されました。湿地帯のため深い杭基礎が必要という困難を乗り越え、無事完成しました。1930年の地震や第二次世界大戦も小規模な被害で耐え抜き、歴史的・建築的な価値を保っています。
場所ガイド
外観建築と鐘楼1899
大聖堂の印象的な赤レンガの外観は尖塔と目立つ鐘楼を備え、ビザンチン建築の影響とジョセフ・カイパースによるオランダのデザインが反映されています。
ステンドグラスの窓Late 19th century
第二次世界大戦中に損傷を受けたものの、ステンドグラスの窓は宗教的な場面を描き、内部に色鮮やかな光をもたらす見どころです。
基礎と建設技術1895-1899
湿地帯の地盤のため、建設者はピンカド材の18フィートの杭を地中に打ち込み、大聖堂の安定した基礎を確保しました。