
カラカス大聖堂
Distrito Federal
正式名称を聖アンナ大司教座聖堂というカラカス大聖堂は、ベネズエラ・カラカスのローマカトリック大司教区の本拠地です。ボリバル広場に堂々と位置し、重要な宗教的かつ歴史的なランドマークとなっています。大聖堂の起源は17世紀中頃に遡り、最初は聖ヤコブに捧げられた土壁の礼拝堂が建てられましたが、1641年の地震で破壊されました。現在の建物は1666年に建設が始まり、1674年に完成、ファサードは1771年にフランシスコ・アンドレス・デ・メネセスによって設計されました。建築様式はロマネスク様式で、5つの身廊が32本の八角柱で支えられ、内部は金箔の祭壇や精巧な側礼拝堂で飾られています。ルーベンス、ムリーリョ、ベネズエラの画家アルトゥーロ・ミチェレナの作品など著名な美術品を所蔵しています。ボリバル家の地下納骨堂があり、シモン・ボリバルの両親と妻の遺骨が安置されていることから、文化的にも重要な場所です。1812年の地震をはじめ複数の地震で被害を受けましたが、何度も修復が施されてきました。1711年にクラウディオ・フェブレスが製作した歴史的なオルガンや、宗教・文化の中心地としての役割もあり、カラカスのユニークなモニュメントとなっています。
ヒント: 訪問者は特に宗教的な祝日を避け、平日に大聖堂を訪れることをおすすめします。チケットの購入やガイドツアーの事前手配でより充実した体験が可能です。大聖堂は年間を通じて開放されていますが、写真撮影には早朝か夕方が最適な光が得られます。学生や高齢者には割引がある場合があります。特別なイベントやミサのスケジュールは地元の情報を確認してください。
興味深い事実
- •大聖堂の三位一体礼拝堂はシモン・ボリバルの両親と妻の埋葬地です。
- •1812年には大聖堂のレンガ造の尖塔に市内唯一の公共時計が設置されていました。
- •大聖堂内のオルガンは1711年にフランス移民のクラウディオ・フェブレスによって製作されました。
- •シモン・ボリバルの遺骨は1842年から1876年までここに安置され、その後パンテオン・ナシオナルに移されました。
- •大聖堂の側祭壇にはピーター・パウル・ルーベンスやバルトロメ・エステバン・ムリーリョの著名な美術作品が含まれています。
歴史
この地に最初に建てられた教会は、17世紀中頃に建てられた聖ヤコブに捧げられた小さな礼拝堂でしたが、1641年の地震で破壊されました。1666年に再建が始まり、1674年に大聖堂が完成しました。ファサードは1771年にフランシスコ・アンドレス・デ・メネセスによって設計されました。1766年と1812年の大地震で大きな被害を受け、1812年の地震では建物の一部が破壊され、塔の一つが縮小されました。19世紀と20世紀を通じて修復や改修が行われ、1932年や1960年代に大規模な工事が実施されました。長らく宗教の中心地であり、ボリバル家の埋葬地としても機能し、シモン・ボリバルの遺骨は一時ここに安置され、その後パンテオン・ナシオナルに移されました。
場所ガイド
主祭壇と祭壇画
中央身廊の奥に位置する主祭壇は金箔で装飾されており、大聖堂内での礼拝の中心となっています。
ボリバル家の祭壇
右側通路にあるこの目立つ祭壇には、『解放者』と題されたシモン・ボリバルの現代彫刻があり、大聖堂内にあるボリバル家の地下納骨堂を称えています。
大聖堂のオルガン1711
1711年にクラウディオ・フェブレスによって製作されたこの歴史的なフランス製オルガンは、大聖堂の音楽遺産の貴重な特徴となっています。
美術品コレクション
大聖堂には、ルーベンスの『復活』、ムリーリョの『聖母の奉献』、アルトゥーロ・ミチェレナの『最後の晩餐』など重要な宗教美術作品が収蔵されています。