
セジンブラ城
Setúbal
セジンブラ城はムーア人の城としても知られる中世の要塞で、ポルトガルのセジンブラの町に位置し、タホ川とサド川の間の天然の港を見下ろす断崖に戦略的に築かれています。元は先史時代の集落で、9世紀にはイスラム教徒の拠点となり、1165年にポルトガル初代国王アフォンソ・エンリケスによって征服されました。城は複数回の占領と再建を経ており、1191年にはアルモハード朝によって破壊され、1199年にはフランク十字軍の助けを借りて奪還されました。中世を通じて城壁は強化され、特に1323年にはバルバリー海賊に備えた見張り塔が追加されました。1383~85年のカスティーリャとの戦争では避難所としても機能しました。時代が進むにつれて住民は湾岸地域に移り、漁業や造船業に従事するようになり、16世紀までに城は徐々に放棄されました。1755年の地震で大きな被害を受け、敷地の一部は後に墓地として利用されました。20世紀の修復により城は保存され、現在では歩いて城壁を巡ることができ、歴史を紹介する常設展示、ショップ、カフェもあり、歴史と絶景を楽しむ訪問者にとって魅力的なスポットとなっています。
ヒント: セジンブラ城は春と初秋に訪れるのがおすすめで、快適な気候と混雑の少なさが魅力です。チケットは現地で購入可能ですが、事前にオンラインでガイドツアーやオーディオガイドを確認するとより充実した体験ができます。シニア、学生、グループには割引がある場合もあります。城壁の散策には歩きやすい靴を履き、パノラマビューを楽しむためにカメラを持参しましょう。敷地内にはカフェやお土産ショップもあります。
興味深い事実
- •城は9世紀のイスラム支配時代にはアルカソヴァ(Alcáçova)として知られていました。
- •西の塔は1323年にバルバリー海賊への見張りとして建てられました。
- •1383~85年の危機の際、城はジョアン・デ・アヴィスとその軍隊の避難所となりました。
- •1875年に城の敷地の一部が墓地に転用されました。
- •1755年のリスボン地震は城に甚大な被害をもたらし、廃墟に至りました。
歴史
セジンブラ城の敷地は先史時代から人が住み、天然の港と肥沃な土地を活かしてきました。9世紀にはイスラム教徒の集落となり、1165年にアフォンソ・エンリケス王によって初めて奪取されました。1191年にアルモハード朝に破壊されましたが、1199年に十字軍の援助で奪還されました。中世を通じて城は拡張され、特に14世紀には新たな城壁と見張り塔が建設されました。1383~85年の危機時には避難所として機能しました。16世紀には住民が湾岸に移り、城は衰退しました。1755年のリスボン地震で大きな被害を受け、廃墟となりましたが、20世紀に修復が始まりました。
場所ガイド
城壁と胸壁14世紀
保存状態の良い中世の城壁と胸壁を歩きながら、大西洋とセジンブラの町のパノラマビューを楽しめます。これらの防御施設は海賊の襲撃から港を守る重要な役割を果たしました。
西の塔1323
1323年に建てられた目立つ見張り塔で、海を監視し接近する海賊船を警戒しました。城の戦略的な海上防衛の役割を示す証です。
常設展示
城内の2つの常設展示では、ムーア人の起源、中世の再建、ポルトガルの海上防衛における役割など、セジンブラと城の豊かな歴史を紹介しています。
サンタ・マリア・ド・カステロ教会15世紀(原建築)、1721年修復
アフォンソ1世によって建てられ、1721年に修復された教会で、城の敷地内にあり、何世紀にもわたるこの地の宗教的重要性を反映しています。
連絡先
電話: 21 268 0746