
王宮
Oslo
オスロの王宮は地元ではDet kongelige slottとして知られ、ノルウェー君主の公式な居住地として機能しています。19世紀前半に建設され、ノルウェーとスウェーデンを治めたカール14世ヨハン王(元はベルナドッテ家のカール・ヨハン)が発注しました。王宮はオスロのメインストリートであるカール・ヨハン通りの突き当たりに位置し、景観豊かな宮殿公園と格式ある宮殿広場に囲まれています。デンマーク生まれの建築家ハンス・リンストーによって設計され、1849年に完成しました。新古典主義建築で、三つの主要な翼とイオニア式の柱で支えられた中央の列柱廊を特徴とする壮麗な正面を持ちます。王宮には1844年に献堂された礼拝堂があり、王室の儀式やコンサートの会場として使われています。歴史を通じて、ベルナドッテ家や後のグリュックスブルク家の様々なメンバーが居住し、1905年のノルウェー独立後はハーコン7世が初めて常住の君主となりました。王宮は現役の王室居住地であり、国務会議が毎週ここで開催されます。夏季には一部が一般公開され、訪問者は豊かな歴史と優雅な内装を見学できます。周囲の宮殿公園はオスロの中心に静かな環境を提供し、ノルウェーの重要な文化的・歴史的象徴となっています。
ヒント: 夏季に王宮を訪れると、一部のエリアが一般公開されているのでおすすめです。混雑を避けるためにチケットは事前購入を検討しましょう。訪問に最適な時期は、宮殿公園が満開になる晩春から初秋です。ノルウェー憲法記念日(5月17日)には伝統的な子供のパレードや王室のバルコニー挨拶を楽しめます。ガイドツアーでは王宮の歴史や建築について貴重な解説が受けられます。開館時間や特別イベントは公式ウェブサイトで確認してください。学生やシニア向けの割引もあります。
興味深い事実
- •カール14世ヨハン王は1825年10月1日に将来の宮殿礼拝堂の祭壇下に自ら礎石を据えました。
- •1844年に献堂された宮殿礼拝堂では、王室の洗礼式や堅信式、室内楽コンサートが開催されます。
- •正面の中央列柱廊は当初予算の都合で撤去されましたが、1849年の公式開館前に復元されました。
- •ハーコン7世は国務会議の週次開催を王宮の会議室で始める伝統を導入しました。
- •第二次世界大戦中のドイツ占領時には、宮殿はヴィドクン・クヴィスリングとその政権の事務所として使われました。
- •宮殿を囲む宮殿公園は1848年に宮殿庭師が提案した円形花壇を特徴とし、1875年にブリュニュルフ・ベルグスリエン作のカール・ヨハン王の像が設置されています。
歴史
王宮は1821年にカール14世ヨハン王によってノルウェー君主の恒久的な居住地として発注されました。1824年に建築家ハンス・リンストーのもとで建設が始まりましたが、予算超過や政治的対立により中断があり、完成は1849年まで遅れました。当初、ベルナドッテ家の王たちはストックホルムに多くの時間を過ごし、王宮は時折使用されるにとどまりました。1905年のノルウェー独立後、ハーコン7世が初めて常住の君主となり、改修や毎週の国務会議開催などの王室の伝統が確立されました。第二次世界大戦中はドイツ占領下でクヴィスリング政権の事務所として使われました。その後も改修が続けられ、ノルウェー君主制の中心的象徴として現在に至っています。
場所ガイド
宮殿の正面と列柱廊1849
壮大な新古典主義の正面は、6本のイオニア式柱で支えられた中央の列柱廊が特徴で、1849年の開館前にその威厳を高めるため復元されました。
王宮礼拝堂1844
1844年に献堂された礼拝堂は宮殿内にあり、洗礼や堅信などの王室儀式や教会音楽・室内楽のコンサートに使われています。
国務会議室1905 (伝統)
この会議室ではノルウェー国務会議の週次会議が開催されており、1905年にハーコン7世が始めた伝統です。君主の玉座が置かれ、立憲君主制の象徴となっています。
宮殿公園(スロッツパルケン)1848 (公園設計)
宮殿は広大で美しく整備された公園に囲まれており、1848年に設計された円形花壇や、1875年に彫刻家ブリュニュルフ・ベルグスリエンが制作したカール・ヨハン王の騎馬像などが特徴です。
連絡先
電話: 22 04 87 00