
ドゥブロヴニクの城壁
Dubrovačko-neretvanska županija
ドゥブロヴニクの城壁は、クロアチアの歴史的な旧市街を取り囲む広大な防御用石壁の連なりです。13世紀から17世紀にかけて建設され、全長約1,940メートルに及び、高さは最大25メートル、厚さは方向によって1.5メートルから6メートルまで変わります。これらの城壁は、特にオスマン帝国とヴェネツィアの紛争や1453年のコンスタンティノープル陥落の混乱期に都市を侵略から守るために築かれ、強固なミンチェタ塔の建設を促しました。要塞群には16の塔、3つの砦、そしてプローシャ、ピレ、ブジャ、リバルニツァ、ポンテなど複数の門があり、それぞれ異なる出入口を守っています。特に西側の城壁外の高さ37メートルの崖にそびえるロヴリェナツ砦は、「ドゥブロヴニクのジブラルタル」と呼ばれ、重要な防御拠点でした。城壁は13世紀には約2,000人の住民が暮らすコンパクトな中世都市を囲み、15世紀には約6,000人に増加しました。現在では、ドゥブロヴニクの不屈の精神と遺産の象徴として、年間数十万人の観光客を惹きつけています。城壁の上を歩けば、アドリア海や赤いテラコッタ屋根の街並みのパノラマビューを楽しめます。20世紀半ばから保存と修復が続けられ、文化遺産としての地位とユネスコ世界遺産の指定を維持しています。訪問者は、バスティオンや塔、門などの歴史的建築を体験しながら、都市の防御戦略や中世の都市生活について学べます。
ヒント: ドゥブロヴニクの城壁を存分に楽しむには、混雑や真昼の暑さを避けるために早朝か夕方遅くに訪れるのがおすすめです。チケットは事前にオンラインで購入すると長い列を避けられます。城壁の散策は不均一な地面や急な箇所もあるため、歩きやすい靴を履いてください。学生、シニア、グループには割引があることが多いです。城壁は年間を通じて開放されていますが、季節ごとの営業時間や毎年開催される「Walls Run」などの特別イベントについては公式ウェブサイトで確認してください。
興味深い事実
- •ドゥブロヴニクの城壁はほぼ2キロメートルの長さがあり、16の塔と3つの砦を含んでいます。
- •ミンチェタ塔は1453年のコンスタンティノープル陥落を受けて、オスマン帝国に対抗する防御の象徴として建てられました。
- •ロヴリェナツ砦は高さ37メートルの崖の戦略的な位置から「ドゥブロヴニクのジブラルタル」と呼ばれています。
- •2013年、トリップアドバイザーは数百万の旅行者レビューに基づき、ドゥブロヴニクの城壁を「死ぬまでに訪れるべき世界のトップ10の記念碑」に選びました。
- •2015年から毎年開催されている「Walls Run」は、城壁全長を走るレースで、選手や観客を惹きつけています。
歴史
ドゥブロヴニクの城壁の建設は13世紀に始まり、都市が明確に定められた旧市街を外部の脅威から守るためのものでした。14世紀から15世紀にかけて、火薬兵器の登場に伴い壁は拡張・強化され、1453年のコンスタンティノープル陥落後にはミンチェタ塔など新たな塔が築かれました。城壁はオスマン帝国とヴェネツィアの戦争の間も継続的に改良され、16世紀には聖ヨハネ砦やレヴェリン砦などの重要な要塞が加えられました。防御施設は17世紀に聖ステファンのバスティオンの完成で最終形態に達しました。20世紀には歴史家や保存専門家による保存活動が進み、城壁は文化的記念物として保護され、その歴史的な価値を保ちながら主要な観光名所となっています。
場所ガイド
ミンチェタ塔1464
城壁の北側に位置する巨大な円形要塞で、1464年に完成しました。コンスタンティノープル陥落後に急速に建設され、ジュライ・ダルマティナツなど著名な建築家が携わりました。訪問者はその壮大な壁と街や海を見渡すパノラマビューを楽しめます。
ボカル塔1461-1463
西側に位置し、1461年から1463年にかけてフィレンツェの建築家ミケロッツォ・ミケロッツィの設計に基づいて建てられました。西からの攻撃を防ぐ重要な防御拠点でした。
聖ヨハネ砦16th century
城壁の南東側にある16世紀の砦で、旧港の入り口を守っています。ドゥブロヴニクの建築家パスコイ・ミリチェヴィッチの設計で、オスマン帝国とヴェネツィアの戦争中に海上防衛で重要な役割を果たしました。
レヴェリン砦1462
1462年に東側の城壁に建てられ、トルコの脅威に対抗するための強固な構造と戦略的な位置が特徴です。
ロヴリェナツ砦11th century
城壁の西側、海抜37メートルの岩の崖に独立して建つ砦で、「ドゥブロヴニクのジブラルタル」として知られています。11世紀初頭に起源を持ち、聖ロレンスに捧げられた礼拝堂が砦の構造に組み込まれています。
連絡先
電話: 020 638 800