
トゥールーズ・カピトル
Occitanie
カピトル・ド・トゥールーズはフランス・トゥールーズの市庁舎および行政の中心地として機能しており、8世紀以上にわたり市の統治の象徴となっています。1190年にカピトゥール(市の統治者)が最初の建物を委託したことに起源を持ち、中世の遺構と18世紀の新古典主義の宮殿が融合した壮大な複合施設へと発展しました。現在の建物は1760年に完成し、特徴的なピンク色のレンガの外観に8本のコリント式柱が配されており、これは元々の統治者たちを象徴しています。歴史的に重要な要素として、アンリ4世の中庭やドンジョン塔があり、1632年のモンモランシ公爵の処刑や1762年のジャン・カラスの裁判などの重要な出来事を見届けました。カピトル内には、かつて著名な美術作品が飾られていたル・グラン・コンシストワールやル・プティ・コンシストワールなどの重要な市役所の部屋もあります。行政機能に加え、オペラ団体のテアトル・デュ・カピトルやトゥールーズ国立管弦楽団の本拠地でもあり、統治と文化生活が結びついています。この場所は1840年からモニュマン・イストリック(歴史的記念物)に指定されており、フランスの建築および歴史遺産としての重要性を示しています。
ヒント: カピトルは平日に訪れて、その行政の活気を体験し、中庭を散策するのがおすすめです。快適な気候の春か初秋がカピトル広場での訪問に最適な時期です。特定の内部を見学し詳細な歴史を学ぶためには、事前にガイドツアーを予約することを推奨します。学生やシニア向けの割引がある場合もあります。夜の訪問では、ライトアップされた外観と周囲の広場の美しい景色を楽しめます。
興味深い事実
- •外観の8本のコリント式柱は、トゥールーズを統治した元々の8人のカピトゥールを象徴しています。
- •ドンジョン塔は1562年のトゥールーズの暴動時にユグノー勢力が捕獲した大砲を持って占拠した争点でした。
- •アンリ・ド・モンモランシは1632年にリシュリュー枢機卿に反抗したため、アンリ4世の中庭で処刑されました。
- •ジャン・カラスはプロテスタントであり、1762年にドンジョンで車裂きの刑に処されました。この事件は後に宗教的不正義として注目されました。
- •1871年のトゥールーズ・コミューン(パリ・コミューンに触発された)でカピトルは一時的に占拠されましたが、数日後に平和的に明け渡されました。
- •フランス大統領シャルル・ド・ゴールは第二次世界大戦後の解放記念式典の際、1967年にカピトルのバルコニーから演説を行いました。
歴史
カピトルの起源は1190年に遡り、トゥールーズのカピトゥールたちが市政の専用の拠点を求めたことに始まります。1522年にローマのカピトリウムを想起させる名称「カピトル」が付けられ、当初は1530年に完成したドンジョン塔を含む中世の要塞的建物群でした。17世紀にはカピトゥールたちが独自の市庁舎建設を目指し、ギヨーム・カマによる新古典主義の建築が1760年に完成しました。1871年の革命蜂起で損傷したドンジョンは、1873年にユージェーヌ・ヴィオレ・ル・デュクによって再建されました。カピトルは1632年のアンリ・ド・モンモランシの処刑など重要な歴史的事件を見届け、1737年のテアトル・デュ・カピトル設立により文化の場としても機能しました。現在もトゥールーズの政治と文化の中心的なランドマークです。
場所ガイド
アンリ4世の中庭16世紀
この歴史的な中庭は、元の中世の建物の唯一の現存部分であり、1632年のアンリ・ド・モンモランシの処刑など重要な出来事の舞台となりました。ニコラ・バシュリエが設計したルネサンス様式の門も特徴です。
新古典主義の外観1760
ギヨーム・カマによって設計され1760年に完成したピンク色のレンガの外観は、元のカピトゥールを象徴する8本のコリント式柱を備えています。背後の分散していた市庁舎建物を統一する意図があり、トゥールーズの中心広場であるカピトル広場に面しています。
ル・グラン・コンシストワール1552
1552年に建てられたかつての壮大な式典ホールで、ジャン・シャレットやフランソワ・カマなどの作品を含む大きな絵画やフレスコ画が飾られていました。1808年にナポレオン1世の訪問時に破壊されましたが、その遺産はトゥールーズの芸術史において重要です。
ル・ドンジョン(塔)1530(1873年再建)
1530年に完成した中世の塔で、監獄としても使われました。1871年の蜂起で損傷後、1873年にユージェーヌ・ヴィオレ・ル・デュクによって北フランス様式で再建されました。トゥールーズの宗教的・政治的対立において重要な役割を果たしました。