
カドリオルグ宮殿
Harjumaa
タリンのカドリオルグ地区に位置するカドリオルグ宮殿は、1718年から1725年にかけて建てられたペトリン・バロック建築の見事な例です。ロシア皇帝ピョートル大帝が妻エカチェリーナの夏の離宮として建設を命じ、設計はニコラ・ミケッティが主導し、ガエターノ・キアヴェリやミハイル・ゼムツォフも関わりました。壮大な正面ファサード、精巧なスタッコ装飾、エカチェリーナのイニシャルが飾られた大広間で知られています。周囲のカドリオルグ公園には、噴水や段々状のミラージュガーデンを備えた美しい花園があり、イタリアのヴィラの配置の影響を受けています。数世紀にわたり、宮殿はエストニア総督の居住地や国家元首の公式住居として使われてきました。現在は16世紀から20世紀の外国美術を展示するカドリオルグ美術館として機能しており、バルトロメウス・ファン・デル・ヘルスト、ヤコブ・ヨルダーンス、アンジェリカ・カウフマンなど著名な画家の作品も収蔵しています。宮殿の豊かな歴史、優雅な建築、文化的重要性は、エストニアで唯一無二の魅力的な観光地となっています。
ヒント: カドリオルグ宮殿は、晩春から初秋にかけて訪れるのがおすすめです。宮殿内部と美しく手入れされた庭園の両方を楽しめます。チケットはオンラインで事前購入が可能で、観光のピークシーズンには特に推奨されます。学生、高齢者、団体には割引があります。美術館ではガイドツアーや解説資料も提供しており、より充実した体験ができます。最新の開館時間や特別展については公式ウェブサイトをご確認ください。
興味深い事実
- •宮殿名の「カドリオルグ」はエストニア語とドイツ語で「エカチェリーナの谷」を意味します。
- •大広間のスタッコ装飾はハインリヒ・フォン・ベルゲンによるもので、エカチェリーナのイニシャルが飾られています。
- •宮殿の庭園配置はロシアのストレルナにあるピョートル大帝の宮殿庭園と類似しています。
- •第二次世界大戦中はドイツ占領下のエストニア民政総督の住居として使われました。
- •図書室は1939年に建築家オレフ・シーンマーによって華麗な「ダンツィヒ・バロック」様式に改装されました。
歴史
カドリオルグ宮殿は、1710年のタリン包囲の後、ピョートル大帝によって建設が命じられ、1718年に着工し1725年に完成しました。ピョートルの死後はロシア皇室による使用が限定的で、19世紀に断続的に修復が行われました。1741年から1917年まではエストニア州の民政総督の居住地として使われました。1918年のエストニア独立後は国有財産となり、芸術展覧会や国家元首の住居として利用されました。ソ連時代には荒廃しましたが、1991年から修復が始まり、2000年に美術館の分館として再オープンしました。
場所ガイド
大広間1725
宮殿の壮大な大広間は、精巧なスタッコ装飾とエカチェリーナのイニシャルで飾られ、バロック様式の豪華さを示しています。
カドリオルグ公園と庭園18世紀初頭
庭師イリヤ・スルミンによって設計された庭園は、噴水やイタリアのヴィラの造園に触発された多層のミラージュガーデンを備え、宮殿の周囲に静かな環境を提供しています。
図書室1939
建築家オレフ・シーンマーが指揮した修復工事の一環として1939年に完成した、華麗な「ダンツィヒ・バロック」様式の図書室です。
敷地内の大統領宮殿1938
1938年に建てられた、アルアル・コトリ設計の大統領専用宮殿で、カドリオルグの敷地内に位置しています。
連絡先
電話: 606 6400